山に学ぶ

神奈川県 丹沢 三ノ塔 鳥尾山 行者ヶ岳

(掲載:2020年7月 回帰 第2号)

【縦走】標⾼最高地点1202m/総距離155㎞/2020年1月

縦走:登⼭⽅法のひとつ。⼭頂から下⼭せずそのまま次の⼭へ向かうことを指し、尾根伝いに⼭頂を歩くことをいう。数百メートルのアップダウンを繰り返すことも多いため、ピークハント*よりも体⼒、経験値が求められる。

* 登頂だけを⽬的とした登⼭。ひとつの⼭を登り下⼭すること。

早朝6時21分、私たちは丹沢を縦⾛するべく⼤倉登⼭⼝に⽴った。神奈川県は⽐較的温暖な地域だが、さすがに1⽉のこの辺りは気温が低く凍てつく寒さに⾝が縮こまりそうになる。前回の⿊岳(⼭梨県)と同様、登⼭⼝からいきなり急登が続き息が上がる。次第に麓の気配も遠のいてくると、時間が凝結したような雪⼭の静寂が3⼈の⾝を包みはじめた。無⾳の世界だ。時折聞こえてくるのは、枝から落下する雪の⾳と私たちの乱れた息づかいだけ。

ふと気配がする⽅向に⽬をやると、⾛れば追いつきそうな距離の先に野⽣の⿅が駆け抜けていった。あまりのスピードにカメラを構えることすら間に合わなかったが、可愛い歓迎に3⼈の頬が緩んだ。

実はこの前⽇、私たちは別の⼭を⽬指し河⼝湖⽅⾯の宿へ向かっていた。いつも登⼭の際は現地の宿で前泊するようにしているためだが、この⽇は想定外の積雪により、急きょ⽬的地を丹沢へ変更した経緯があったことを説明しておこう。⼩⽥原の宿へ予約を取り直した私たちは、その晩、明⽇の丹沢をどう攻めていくか緊急会議を開いた。

「⽬指すは丹沢⼭か」「いや欲をかかず、その⼿前の塔ノ岳にしておこう」

⽬標は⾼く持った⽅がいいが⼭では無理は禁物だ。数多くのルートがある中で、⾃分たちの⼒量に合うのはどこか。即席で調べた材料を照らし合わせ、夜が更けるまで作戦を練った。

数時間前まで、酒を飲みながらそんな時間を悠⻑に過ごしていたことを懐かしく思えてきたのは、ちょうど時計の針が13時を指した頃だった。その頃私たちは、三ノ塔〜烏尾⼭〜⾏者ヶ岳を縦⾛し、⽬標である塔ノ岳のひとつ⼿前の新⼤⽇の頂上を⽬指して歩を進めていた。しかし、厳しい岩場や激しいアップダウンなど想定外の難局が続いたせいか、なかなか⽬的地との距離が縮まない。

「まずいな…」スタートから7時間、すでに3⼈とも疲労困憊だった。そして追い打ちをかけるかのように、仲間のひとりの膝が故障した。⼭の⼣暮れは早い。この時期、16時には闇に染まり始める。仕⽅がない、悔しいがまた挑めばいい。想定外も想定内のうちだ。

13時29分、新⼤⽇の頂上を⽬前に、ついに私は下⼭を決断した。

あれから数ヶ⽉が経った。あの時を振り返り、下⼭の⾒極めが冷静で潔かったと、仲間のふたりが語る。総括すると、最⾼標⾼地点が1202mと、前回より800m低いという油断が、最⼤の⽢い観測を⽣んだといえる。また通常のピークハントと⽐べ、尾根を伝い歩く縦⾛は、経験と体⼒と知識、そしてなにより準備が重要だということがわかっただけでも良い経験だった。

撤退ラインの判断はビジネスの世界でも求められる重要な能⼒だ。撤退は決して敗退ではなく、次へと通ずる⽴派な戦略である。そして近いうちに再びあの地へ⽴ち、次こそは丹沢⼭登頂を成功させる。

松本隆宏(文/山本さくら)