時空の旅

「下田 静岡県 下田市」
開国のまち 下田歴史散策

(掲載:2023年7月 回帰 第14号)

【下田市】

伊豆半島南部に位置する静岡県の都市。人口は2023年5月現在19,140人。江戸時代には、江戸・大坂間や東・西廻海運の風待ち湊として栄える。伊豆でも有数の湯量を誇る蓮台寺温泉が有名。首都圏からも近く、夏はリゾート地として賑わう。

風薫るまち

穏やかな風が頬を撫でる。「そうか、風に意思があったのか」と思いたくなるほど、このあと風の息遣いを感じながら街を歩くことになる。

伊豆半島の東南端に位置する下田は、黒潮の影響もあり南国のような気候が特徴だ。9つあると言われるビーチの水質は最高レベルAAと抜群の透明度を保ち、溜息が出るような鮮やかなエメラルドグリーンの光景が広がる。

そのほか、龍宮窟や白浜神社の大明神岩など異次元の絶景名所が数多く存在する。

街並みは総じて懐かしい趣きがあるが、寂れたというよりは、古き良きを守ってきたという表現が正しいかもしれない。気候のせいか人々の笑顔も穏やかだ。

「どちらからですか?」「何もないところですけど…」と、控えめな中にも皆人当たりの良い温かさを感じる。

この地は、天城山系を背景に美しい緑と海に囲まれ、長らく豊かな自然の恩恵を受けてきたのだ。

開国の舞台を歩く

ここはかつて、江戸〜大坂間を往来する船の風まち湊として栄えた海上交通の要衝だった。一躍その名を馳せたのは、その後の幕末開港史に名を留めることになった、ペリー提督率いる黒船の来航だ。

せっかくなので、ペリー提督が下田港から条約交渉場所の「了仙寺」まで、300人の部下とともに行進したと言われる約500メートルのペリーロードを歩いてみることにした。

揺れる枝垂れ柳が印象的な川沿いの小径に入ると、「伊豆石造り」や「なまこ壁」などの特徴的な建築物が見えてくる。当時、同じ道をペリー提督が歩いていたことを想像し歴史のロマンに感慨耽る。通りにはレトロなガス灯があり、大正期の古民家や洋館を改築した周囲の建物と美しく調和し、独特の風情を魅せていた。

途中、観光客らしい数組の若い女性グループや年配の夫婦とすれ違った。活気を取り戻した観光地は、やはり気分を明るくさせる。

その間にも、海からとも山からとも判断がつかない優しい風が身を纏う。いや、護るように付いてきてくれているというべきか。時季によっては強い風が吹きつけることもあると聞くが、同じ静岡でも遠州地方の空っ風とはまた違う、この地域特有の「風の個性」を感じる。

10分ほど歩いた石畳の道の終点にその寺はあった。ペリー提督一行の応接所となった場所でもあり、1854年に日米下田条約が締結されたのが、ここ了仙寺である。別名「ジャスミン寺」と呼ばれるだけあり、境内から参道にかけて植えられた数百株のアメリカジャスミンがちょうど見頃を迎え視界を染め上げる。

まさにここで日本の歴史が大きく動いたわけだが、その瞬間を静かに見ていた生き証人は、いまなお激動を繰り返す日本を、そして世界をどのように感じているのだろう。ふいに吹き抜けた風が、より一層ジャスミンの甘い香りを引き立たせ、辺りは魅惑の香りに満ちていた。

寺には併設の黒船ミュージアム「MoBS」があり、その300m先の県道沿いには下田開国博物館がある。どちらも開国の歴史を知る上で貴重な資料が展示されており、教科書には載っていない史実に触れられるので、歴史散策の際はぜひオススメしたい。

東京からひとたび特急に乗れば、約2時間半で近代日本の夜明けの舞台へと誘ってくれる。途中の車窓には太平洋の壮大な景色が広がり、地球レベルの大自然を楽しめるだろう。懐かしさと優しさと異国ロマンの街、伊豆下田。着いたら、まずは全身で風の薫りを感じて頂きたい。