【四万温泉 積善館】
元禄4年建築、元禄7年開業。日本最古の木造湯宿建築として名高く、国の登録有形文化財、群馬県近代化遺産に登録されている。
群馬県吾妻郡中之条町四万温泉
HP:https://www.sekizenkan.co.jp
東京から関越道に乗り約2時間半。緑豊かな自然が広がる四万温泉は、四万川に沿って縦に長く、多くの文豪や著名人に愛され栄えた名湯だ。
開湯は永延3年(989年)、源頼光の四天王の一人、日向見守碓井貞光がどこからともなく現れた神童から「四万(よんまん)の病を治す霊泉を授ける」という神託を聞き、発見したとされるのが、四万温泉の始まりと伝えられる(諸説あり)。
源泉は全部で42箇所。そのほとんどが自噴水で毎分3,500〜4,00L/分と圧倒的な湯量を誇り、しっとりとした泉質は特に神経痛や疲労回復を得意とする。
慶雲橋から臨む新湯川
今回、私は、その四万温泉の中でもひときわ存在感を放つ積善館にお邪魔した。
開業300年余り。江戸、明治、大正、昭和と年輪を刻んだ風格ある佇まいは、夜になるとさらに幻想的に浮かび上がり眼福な光景が広がる。そこへと通じる慶雲橋(赤い橋)が趣を添え、タイムトラベルへと誘ってくれるかのようだ。
そういえば、この宿は、あの国民的映画「千と千尋の神隠し」のモデルとなったという説があることをご存じだろうか。実際は様々な場所をモデルにし創作したものなので、公式サイトも宮崎監督も積善館がモデルだとは明言していない。
きっと、人々の心象風景と日本の古き良き風景がリンクし、「そうかもしれない」というイマジネーションが掻き立てられ、一層心に惹きつけられるのだろう。
積善館は、時代の繁栄とともに増築し現在の姿となっているが、開業当初の本館は6畳敷で隣室とは襖一枚で仕切られただけの、当時の典型的な建築様式だったそうだ。
浪漫のトンネル(館内通路)
本館玄関に入ると、ガッチリと組み込まれた艶々の立派な梁が出迎えてくれる。3世紀もの長い間、多くのゲストや家人を静かに見守り支え続けた風格だ。
その本館の続きには、山荘、佳松亭(かしょうてい)と、江戸〜昭和初期にかけ増築した荘厳な建物が建っている。訪れるたびに各棟に泊まり、それぞれの時代の息吹を感じてみるのもオツかもしれない。
そして、ここの真骨頂とも言える「元禄の湯」。昭和5年建築当時のアーチ状の窓枠や石造りにタイル張りの洋風デザインには開放感に溢れていて、まるで「テルマエロマエ」のワンシーンを彷彿とさせる異空間を演出している。窓から降り注ぐ柔らかな陽光を浴びながら、自噴泉の掛け流し湯を楽しめるのは何とも贅沢だ。
水上温泉郷
このような、歴史のある建造物につきまとうのが改修問題である。本館は、日本最古の木造湯宿建築として国の登録有形文化財に指定されているものの、改修を施さないといつかは朽ちる。
もちろん、これまでも改修を繰り返してきているのだが、課題となるのは何を残して何を足すか?ということだろう。壊すのは簡単だ。
しかし、壊れてしまえば2度ともとには戻らない。伝統構法や趣を残しながら、当時の職人や家人の思いと対話し、建物の息遣いに耳に傾ける。
古き良きものをリスペクトし、丁寧に後世へと受け継いでいく精神は、アンティーク好きの私の心に強く響き共感できた。
四万温泉の周辺は正直何もない。あるのは豊かな自然と悠久の歴史だ。何もない中で得られる極上のひと時をゆっくり味わってみてはいかがだろうか。
松本 隆宏(文/山本さくら)