時空の旅

「吉野山 奈良県 吉野郡」
祈りの聖地を歩く

(掲載:2023年10月 回帰 第15号)

【吉野山】

奈良県中央部にある吉野川南岸から大峰山脈へと続く約8kmに及ぶ尾根続きの山稜地域。1924年(大正13年)に国の名勝・史跡に指定され、1936年(昭和11年)には吉野熊野国立公園に指定。2004年(平成16年)には吉野山・高野山から熊野にかけての霊場と参詣道が『紀伊山地の霊場と参詣道』としてユネスコの世界遺産に登録。1990年(平成2年)には日本さくら名所100選に選定された。

桃源郷に魅せられる

近鉄吉野駅に着くと、乗り合わせた人々が一斉に千本口駅へと歩き出す。

世界遺産に登録されている奈良・吉野山は、飛鳥時代に修験道の開祖役行者(えんのぎょうじゃ)によって開山。その後、山岳信仰のメッカとなり、信者たちによっておよそ200種類3万本のサクラが植え続けられた。エリアは4つ。山裾から順に「下千本」「中千本」「上千本」「奥千本」に分かれ下から順に咲いていく。

周辺には「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界遺産にも登録された金峯山寺をはじめとする神社仏閣が数多く点在。いにしえより人々の願いを紡いできた。

紅葉見物客や参拝客が溢れ返るなか2巡目のロープウェイに乗り、満員車両の後部を陣取った。眼下に広がる紅葉の絨毯を眺めながら万葉の香りに浸ってみる。

千本口駅から吉野山駅までの349m、高低差103mの勾配を約3分で運行するロープウェイは、1929(昭和4)年、ひとりの実業家によって運営会社が立ち上げられた。関西では古くから有数の桜の名所であった吉野山を、もっと全国の人に魅力を知って欲しいという想いがあったという。

初めて訪れたのは、5年前の4月。山一面がピンク色に染まり、あまりにも幻想的な世界に息を呑んだ。「一目に千本見えるほど」ということから「一目千本」とも言われ、そのサクラの木々が紅葉へと衣替えする今、春とはまた違う美しさを魅せてくれる。とりわけ、雲海に浮かび上がる吉野山は、まさに桃源郷という名にふさわしく五感が震える体験ができるだろう。

古都・奈良の郷土料理

前回来た記憶を辿りながら、金峯山寺参詣道を登っていく。参道には食事処や旅館が軒を連ね、名産である吉野本葛、柿の葉寿司の看板が目を惹き食欲をそそる。

柿の葉寿司とは、塩や酢で締めた鯖と酢飯を柿の葉で包んだ押し寿司のことなのだが、一般的な鯖寿司と比べ肉質が柔らかく、柿の葉の香りが染み込み独特の旨味が口の中を占拠する。

初めて口にした時にすっかりその虜になり、以降、奈良へ訪れる際は必ず購入するようになった。由来については諸説あるが、200年以上続く奈良の風土が生んだ逸品を訪れた際にぜひ味わって頂きたい。

歴史の「生き証人」が見た風景

吉野山と言えば、節目節目で数多の物語を見てきた歴史の生き証人でもある。

7世紀、大化の改新を主導した天智天皇が亡くなったあと、弟の大海人皇子(後の天武天皇)がこの地に入り壬申の乱で兵を挙げた。12世紀には、兄の源頼朝と対立した源義経は静御前や弁慶を伴い吉野吉水院に入る。

また、足利尊氏に敗れ都から追放された後醍醐天皇は、ここで朝廷を開いた。

このように、吉野山は、居場所を失った人たちが失地回復を目指した地でもあった。一方、時の太閤秀吉は徳川家康、伊達政宗ら、名だたる臣下や文化人など総勢5000人の供を連れて花見を楽しみ、代々の天皇は幾度も行幸し宮廷歌人に歌を詠ませるなど華やかな宴を催した。

金峯山寺のさらに先にある吉水神社には、源義経が弁慶らと身を隠した「源義経・静御前 潜居の間」や、後醍醐天皇の「後醍醐天皇玉座」などがあり、幾重にも織り込まれた歴史の足跡を見学できる。

日本最大級秘仏の青き慈悲

吉野山駅から10分程歩いた尾根の中腹に、ひときわ高くそびえる寺が見えてきた。世界遺産であり修験道の総本山である金峯山寺だ。吉野の旅で欠かせないのがこの寺の参拝と言っても過言ではない。

金峯山寺の本堂・蔵王堂(ざおうどう)は1592年頃に建てられた。ご本尊は金剛蔵王大権現像3体。その姿は鮮やかな青色で、逆立った髪は赤く、7mの巨大な像に驚く参拝客も多い。かくいうわたしも、初めてその姿を拝んだ時は、あまりの大迫力に圧倒され、ひたすら無心に手を合わせた。

金剛蔵王大権現は、役行者の祈りに応えて、釈迦如来・千手観音・弥勒菩薩の三仏が荒々しい形相となって現れたと言われているが、青色は慈悲と寛容を表しているのだという。

普段は秘仏として非公開になっているが、年に数回ご開帳の時期がある。今秋は10月27日(金)〜11月30日(木)の日程で予定されているので、この機会にご本尊と深いご縁を結んでいただき、旅を締めくくってみてはいかがだろう。

そして、帰りは近鉄特急「青の交響曲(青のシンフォニー)」で美味しい柿の葉寿司を召し上がれ。