【山形県米沢市】
山形県の置賜地方に位置する市。人口79,817人。米沢藩の上杉家家臣直江兼続が整備した城下町が今も色濃く残る。食は米沢牛、玉こんにゃく、伝統工芸品は米沢織、成島焼などの特産品が有名。
明治期に日本各地を旅した、イギリスの女性旅行家イザベラ・バード(1831-1904)は、「イザベラ・バードの日本紀行」で、訪れた置賜(おきたま)地方を「東洋のアルカディア(理想郷)だ」と記している。
外国人の目から見た当時の日本を、時に辛辣に、鋭い観察力で記録した彼女に、理想郷とまで言わしめた置賜。
数年前に読んだこの印象的なくだりは、受動喫煙として私の潜在意識に刷り込まれ、無意識にその機会を伺っていた。そして今、ご縁をいただき、米沢の地に立っている。
山形の秋は早い。県南部に位置するとはいえ、この置賜地方もその例外ではない。10月ともなれば、夜は氷点下を記録する日もあり、四方を囲む山々はすでに深い紅葉を迎えていた。
主峰となる吾妻(あづま)連峰、飯豊(いいで)連峰、そして南北を悠然と流れる最上川。豊かな自然と盆地特有の気候によって育まれた、館山りんごや米沢牛などの特産品は、県の代名詞にもなっている。
伝国の杜「米沢市上杉博物館。国宝などの美術品や上杉家ゆかりの品々が展示されている。」
今回、どうしても行きたかった場所がある。米沢城二の丸跡にある、米沢市上杉博物館だ。
米沢はかつて、上杉家の城下町として栄えた。大自然に浸るのが今回の目的ではあるが、上杉謙信の系譜を引く米沢藩の歴史文化が展示されているとあっては、行かない訳にはいかない。
館内に入ると、上杉家ゆかりの貴重な品々や、直江兼続、前田慶次といった名高い武将たちの甲冑などが一堂に並び、その光景に心が躍る。その中で、私はある人物に興味をそそられた。米沢藩第9代藩主・上杉鷹山公だ。
上杉家に婿養子入りした鷹山公は、財政難に陥った藩の改革に着手。自ら質素倹約と自己研鑚に徹し、財政を再建。領民や家臣から絶大な信頼を得ながら、日本一豊かな藩へと導いた、江戸時代きっての名君だ。
今から15年前、読売新聞社が日本の自治体首長へ「理想のリーダーアンケート」を実施した。その結果、2位の徳川家康を大きく引き離し、1位に選ばれたのが鷹山公である。
また、かのジョン・F・ケネディは、大統領就任時に「日本で最も尊敬する政治家は上杉鷹山だ」と述べたという。鷹山公の政治指針は、今もなお、現代政治家や経営者に影響を与え敬愛されている。
上杉鷹山公の銅像。米沢城本丸跡に建立された上杉神社の境内に鎮座する
博物館を出たところで、到着時には気付かなかった、ある神社が目に入った。普段であれば、このまま通り過ぎたかもしれない。だが、この時、なにかに呼ばれるように鳥居をくぐった。そこは、たった今、強烈に私の心に落とし込まれた鷹山公を祭神とする松岬神社だった。もとは上杉謙信とともに上杉神社で祀られていたが、のちに分祀されたという。
予習をしていない旅というのは、時に偶然や奇跡を呼ぶ。「なんとなく気になる」という直感は、大抵なにか意味がある。この時迷わず立ち寄ったのは、目に見えぬ引き合わせがあったのかもしれない。
「なせば成る なさねば成らぬ何事も ならぬは人のなさぬなりけり」。
鷹山公の名言が書かれた石碑や銅像が、隣の本丸跡に鎮座する上杉神社の境内にあるので必見だ。
上杉鷹山公が家臣に示した有名な家訓。上杉神社の境内に建立されている。
山形新幹線の玄関口となる米沢は、観光資源が豊富だ。上杉家を代表する歴史文化や大自然の絶景、滋味豊かな食資産。なにより、人々が自然を敬い、大地と共存する意識が脈々と受け継がれている。「山の向こうの、もうひとつの日本」と称される山形に、かつての日本の姿を見た。