時空の旅

「京都・洛北/金閣寺・源光庵」
悠久への散歩路

(掲載:2022年4月 回帰 第9号)

【京都府京都市】

人口1,464,890人。京都府南部に位置する。794年の遷都より約1100年の長きにわたり、皇室と公家の集住の地であり、日本の首都として繁栄。第二次世界大戦の被害を免れた神社仏閣、史跡、街並みが数多く残る観光都市である。洛北は京都市北部、洛中は京都市街地を指す。

黄金の世界文化遺産を訪ねる

荘厳な輝きを放つ金閣寺(正式名称・北山鹿苑禅寺「ほくざんろくおんぜんじ」)は、1,397年、室町幕府第3代将軍・足利義満が舎利殿として建立。足利義満と言えば、テレビアニメ「一休さん」でお馴染みの、あの“将軍さま”を思い浮かべる人も少なくないだろう。

実はこの金閣寺、鏡湖池側から望むと2層に見えるが、反対側へ移動すると3層になっていることに気付く。1階は公家様式の寝殿造、2階は武家様式の書院造、3階は当時の中国をモチーフにした禅宗仏殿造。そして、1階だけ金箔が貼られていないのだ。まったく異なった建築様式と意匠、そして永遠の命と権力を象徴する頂上の鳳凰。その理由には、“将軍さま”の強い思惑があったという。

当時、日本の政権を掌握していたのは、朝廷と幕府。朝廷は天皇と貴族によって組織され、幕府は武家のトップである将軍を中心としていた。つまり、武家一族である義満が、我こそが国の最大の権力者であり、貴族よりも上の存在であると誇示したかったのが、建立の最大の理由といわれている。

総工費は現在の価値で600億円。幾度の修理や全焼などを経て、平成6年(1,994年)に世界文化遺産に登録。悠久の時を経ても、当時を偲ばせる面影と、受け継がれ守られてきた奇跡に感謝。

二つの窓から見える原点回帰

金閣寺から北へあがると(京都では北へ「あがる」、南へ「さがる」という)、昔からの風景が随所に残る。洛中より標高が高い鷹峯(たかがみね)は、寒暖の差が大きく、四季折々に鮮やかな表情を魅せる。その鷹峯三山に囲まれた風光明媚な麓に、源光庵はある。1,346年に曹洞宗(禅宗)の寺院として開創。7〜8年前、JR東海のキャンペーンに採用されたことで一躍有名になった、京都を代表する人気スポットだ。
 堂内の「悟りの窓」と呼ばれる丸窓は禅と円通、角窓の「迷いの窓」は生死病死と四苦八苦を表しているという。まずは「迷いの窓」でこれまでの人生を振り返り、次に「悟りの窓」で自問自答。ぜひ、心を整え、原点を回帰するひと時を感じて頂きたい。
 もうひとつ、源光庵と言えば血天井。1,600年の伏見城の戦いで自刃した、徳川家康の忠臣380人の血が残った床板が天井に供養されている。血で染まった手形、足形…。その壮絶さに誰もが言葉を失う。君主への忠義と自らの誇りのために戦った、武士達の無念を感じずにはいられない。

 洛北でもこの西側のエリアは、交通の便が悪く、決して賑やかとは言えない。だが、ひとたびこの地を訪れると、洛中とはまた違う魅力に取り憑かれてしまうのだ。 
 この春は、1,100年のロマンが凝縮した古都で、身を委ねてみてはいかがだろう。

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松本 隆宏(文/山本さくら)