時空の旅

「北海道函館市」
異国文化と歴史の調和を魅せる街

(掲載:2021年1月 回帰 第4号)

【北海道函館市】

北海道南部に位置する。人口25万人、北海道で3番目に人口が多い。市内は魅力的な観光スポットが多く点在し、年間500万人もの観光客が訪れる観光都市。北海道と本州を結ぶ交通結節点の中心都市として発展した。

北の玄関口として栄えた函館。幕末から明治にかけ様々な歴史の波をかいくぐり発展を遂げた街である。1859年、江戸では安政の大獄に揺れていた頃、全国に先駆け、長崎、神戸、横浜、新潟と共にここ箱館も華々しく開港した。西洋文化をいち早く取り入れた街並みは、今なお至る所に現存し、特にベイサイドエリアの風景は訪れる者の心を惹きつけてやまない。
夕刻過ぎ、ロープウェイに乗り込み、市の西端に位置する函館山へ登った。山頂の空気は凛として冷たく海峡から流れ込む風は身を切る程だ。イタリアのナポリ、香港とならび世界三大夜景のひとつとして知られる函館の夜景は四季によって色合いが変化する。眼下に広がる光を辿っていくと、五稜郭タワーや函館空港の明かりを捉えることも可能だ。漆黒の函館港と津軽海峡に挟まれくっきりと浮かんだ街明かりは、時間帯で全く違う表情が楽しめる。晴れた日の昼間であれば、津軽半島まで望むことができ、360度美しいパノラマを楽しめる。
翌日、早起きをして早朝の函館朝市へ足を運んだ。北海道の食材がズラリとならぶこの市場は、200以上もの店舗が軒を連ね、寒い中でも活気に溢れている。全体的に函館の朝市は、他の地域に比べ呼び込みが優しく女性が元気な印象だ。私はその呼び込みをくぐり抜けながらある店に到着した。函館を訪れた際に必ず立ち寄る店「茶夢」だ。ここは海鮮丼が美味いのはもちろんのことながら、注文一つに対して豆皿に取り分けられたイカの塩辛、野菜や魚介の煮付けなど、数多くの副菜がテーブルいっぱいに運ばれ、思わず朝から一杯やりたくなる。このスタイルは先代から引き継いでいる「茶夢」のオリジナルでファンも多い。お腹いっぱいに函館の食材を味わいたい人にはぜひオススメしたい店だ。
函館朝市。戦後まもなく農家が野菜の立ち売りをしたのが始まり。

函館朝市のどんぶり横丁に店を構える茶夢。常連客も多い。

昼になり暖かい陽光が降り注ぎ始めた頃、私は函館護国神社の正門の階段を登っていた。明治2年5月、戊辰戦争における新政府軍と旧幕府軍の最後の戦闘地となったここ函館で、約1年続いた箱館戦争が終結。その4ヶ月後、北の極寒の地で散った多くの魂を祀るため招魂社を創建。函館護国神社の前身である。最上段へ足をかけた時、ふと振り返るとなだらかな下り坂の向こうに津軽海峡を望むことができた。この穏やかな原風景はどこか郷愁を誘う。参道を進み本殿の前に来ると、右手前に細い道が続く。うっかりすると見落としてしまいそうな、ひっそりとした脇道だ。その先は深い森に囲まれており、一段と静寂に包まれていた。新政府軍の墓地だ。それぞれの墓石に死者の出身地が刻まれているのを目にした。ひたすら国の平穏を祈り、幕末を駆け抜けた将士たちの執念と無念さが偲ばれる。こうした多くの犠牲の上に、私たちの現在があることを忘れてはならないと深く胸に刻み、静かにその場をあとにした。
昼になり暖かい陽光が降り注ぎ始めた頃、私は函館護国神社の正門の階段を登っていた。明治2年5月、戊辰戦争における新政府軍と旧幕府軍の最後の戦闘地となったここ函館で、約1年続いた箱館戦争が終結。その4ヶ月後、北の極寒の地で散った多くの魂を祀るため招魂社を創建。函館護国神社の前身である。最上段へ足をかけた時、ふと振り返るとなだらかな下り坂の向こうに津軽海峡を望むことができた。この穏やかな原風景はどこか郷愁を誘う。参道を進み本殿の前に来ると、右手前に細い道が続く。うっかりすると見落としてしまいそうな、ひっそりとした脇道だ。その先は深い森に囲まれており、一段と静寂に包まれていた。新政府軍の墓地だ。それぞれの墓石に死者の出身地が刻まれているのを目にした。ひたすら国の平穏を祈り、幕末を駆け抜けた将士たちの執念と無念さが偲ばれる。こうした多くの犠牲の上に、私たちの現在があることを忘れてはならないと深く胸に刻み、静かにその場をあとにした。
函館の冬は幻想的だ。美しい夜景に異国情緒溢れる街並みは、冬にこそその魅力を発揮する。ベイエリアへ行くと、金森赤レンガ倉庫はしっとりと雪に染まり絵本のようなファンタジーの世界を演出してくれる。冬の旅先に迷ったら、純白に輝く函館で、北の味覚を楽しみ歴史ロマンに魅せられてみるのもいいだろう。

松本 隆宏(文/山本さくら)

金森赤レンガ倉庫。ベイエリアにある代表的な観光スポット。

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五稜郭。江戸幕府が築造した稜堡式の城郭。

訪れたい坂日本一に選ばれた名所「八幡坂」。