元箱根から望む富士山と箱根神社の鳥居
【忍野八海】
出口池、お釜池、底抜(そこなし)池、銚子池、湧池(わくいけ)、濁池(にごりいけ)、鏡池、菖蒲池の8つの池で構成。1934年に国の天然記念物に指定、1985年には現環境省の名水百選に選定された。また、そのすべてが世界遺産「富士山-信仰の対象と芸術の源泉」の構成資産の一つとして登録されている。
その昔、この地は宇津湖という巨大な湖だった。しかし、西暦800年の富士山の大噴火により二分。ひとつは忍野湖、もうひとつは山中湖と名付けられた。その後も続いた噴火活動によりついに忍野湖は枯渇するも、富士山の伏流水に水源を発する池がいくつか残った。その代表的な湧水池が現在の「忍野八海」だ。別名「神の泉」とも呼ばれ、1500年代以降は、長らく富士山信仰の霊場として知られるようになったが、明治元年の廃仏毀釈により衰退。1965年頃から観光地へと姿を変え、現在に至る。
念願叶って、忍野八海を訪れる機会が巡ってきた。人生2度目、久しぶりの再訪だ。現地に到着すると、いまや観光地の代名詞ともいえるインバウンドの波、波、波。この人波に揉まれていると、まるで異国の地にいるような錯覚に囚われるから不思議だ。
円安の現在、日本中どこもお馴染みの光景なのだが、いよいよ英会話の必要に迫られるこの頃。ともあれ、日本人にとって当たり前の景色が、外国人を魅了しているというのも事実。それにより私たちが自国の魅力を再発見できているのもまた事実なのだ。
さて、その忍野八海には、出口池、お釜池、底抜(そこなし)池、銚子池、湧池(わくいけ)、濁池(にごりいけ)、鏡池、菖蒲池と8つの池がある。その水は限りなく透明で池底がハッキリ。晴れた日は空の色が反射し、驚くほど青く神秘的だ。富士山麓に溶け込んだ雪解け水が、何十年、何百年という歳月をかけ湧き出すのだから、大自然の摂理にはただただ敬服しかない。
ちなみに、忍野八海の水が、神奈川県内を下り横浜水道を通って太平洋へと流れこんでいることをご存知だろうか。その横浜水道が建設された大正期、横浜港でその水を持ち帰った当時の船乗りたちから「赤道を越えても腐らない」と絶賛されたのだとか。このことからも忍野八海の純度がいかに高いかが伺い知れる。大自然と人の営みが作る地域の魅力は全国に点在する。しかし、富士山を借景に美しい湧水池と昔ながらの瓦葺屋根の家屋が織りなす風景は、ここにしかない独自性を確立しているといえるだろう。
ひとしきり散策し、最後に忍野八海の中心にある「池本茶屋」に立ち寄った。目当ては名物・岩魚の塩焼き。「そこの生簀で泳いでる魚だから新鮮なのよ」と店の人。そう、ここで出される魚はすべて忍野八海産。期待に胸を弾ませ、運ばれてきた岩魚に箸を入れるとパリパリッと香ばしい音。そのまま皮を丁寧に裂いてくと、白くふわふわとした身が綿毛のように広がる。なんて肉厚で柔らかいのだろう。もうこの時点で間違いない。
「神の泉」で地元の人に大切に育成された魚は、ほんのり甘く雑味ゼロ。その尊い命と大自然の恵みに心の中でそっと合掌しながら完食した。帰り際、入り口に立つ店員さんに「美味しかった」と伝えるとニッコリ笑顔。地元の人とのこんなささやかな交流も旅の醍醐味なのだと思う。